デンマークのデザイン・カンファレンスDesign Matters 19 の登壇者Oliver Reichensteinは、デジタル業界における倫理観の欠如の危惧した痛烈な記事をDesign Mattersのブログに投稿しています。本記事はその記事を和訳編集したものです。デザインを経営戦略の観点から取り組む彼の訴えは、今後の世界の向かうべき方向を示しており必読です。
POSTED on 2019.06.27
はじめに

日本滞在中 Design Mattersチームは、オリバーにデジタル業界が直面する倫理的な問題について意見を聞いた。オリバーはデザインオフィス「iA」を2005年東京で創業。その後も国際的な企業の情報システムをデザインするなど、活躍の場を広げ、現在、東京、ベルリン、チューリッヒに拠点をを持つ。2010年には時代に先立ち、「iA Writer」という洗練されたエディターアプリをリリースした。このエディターは、邪魔な要素を一切排除したミニマルなデザインが特徴で、ライターに平穏で、美しく、作業に集中できるインターフェースを提供することで話題となった。

デジタル業界における倫理観の欠如

ーデジタル業界の倫理観の現状について、どうお考えですか?

プライバシーの問題、スパイ活動、パスワードの漏洩、悪意ある誘導、暴かれる嘘、隠された罠、法外な要求、と課題は延々と続きます。私たちは、広告による無料モデルと引き換えに個人情報を渡してしまい、自分たちを深い穴へと陥れてしまったようです。法的にも、ビジネス的にも、どちらの側面からも何か手を打たなければならないのは明らかです。テック企業は財務的な痛みを味わわない限り、この流れを止めることはないでしょう。

これらの企業に対してアドバイスできる新種の専門家が現れて、論理的なアルゴリズムも含めて解決法を提案し、企業側はそれに採択するだけで済めばいいのに、という期待感が業界内にはあるようです。でも倫理観について議論の余地なんてありません。もし、あなたがお金と地位に執着していて、自社のユーザーベースを増やすこととROI(投資利益率)を最大化することだけに価値をおいている、ということなら話は別ですが。スキャンダルが起きて、財務的な痛みを味わって初めて、企業は改善することを約束してくれるようになるのです。

ーデザインに倫理観を持たせるにはどうしたら良いのでしょうか?

ここには多くの問題が絡んでいると思います。専門性と彼らの権限の範囲にも原因があります。デザイナーだけでなく、顧客リサーチ担当、UX担当でさえも全体像が見えていないことがあるのです。デザインには強いインパクトを与える性質があるのにも関わらず、一人の従業員や一つの部署だけでは悪い慣習に反対するだけの権限が与えれていないのです。

政治的にこの業界を変えるには、ユーザーに納得してもらえる法律を整えることが必要なのかもしれません。優秀な人材が法律家と密に話し合い、この変化の速い業界に即したルール作りを行わなければいけません。一方、この業界を中から変える唯一の方法は、反論を受け入れる文化を企業自身が注意深く持つことにあります。高給なテック企業の従業員が徒党を組み、エンジニアがシステムダウンを人質にとって異議を申し立てればすぐに物事は動くのかもしれません。

ーデジタルデザインの業界で、これに対する新たな潮流を感じたりしますか?

私は哲学を勉強してきたので、倫理観の欠けた企業の化けの皮が剥がれ、自らを省みることを突きつけられていることを喜ばしく思っています。心配なのは、「倫理観」というのが、他のトレンドのように消費されて消えてしまうのではないかということです。ガートナー(世界的なリサーチファーム)が、2019年第9位のトレンドは『倫理観』だ、なんて言ったところで、行き着く先は見えています。

コンサルタントや会計事務所、例えば、デトロイト、アクセンチュアやマッキンゼーのような企業は、既にこのトレンドに乗って素早く行動しています。数年前に「デザイン」を売りにしていたようにね。いつのことだったか正確には忘れたけど、銀行、コンサル、会計事務所は一夜にしてデザイン事務所を買収しました。そして、我こそはデザインに精通している企業だ、と言っている。UX、IoT、VRやブロックチェーンの分野にも入り込みひどいことになっています。素晴らしい人材を抱えながらもそれを生かす文化を備えていないのです。彼らにあるのは、未来が分かったかのように語る紛い物の客観性を帯びたパワーポイントだけ。ピラミッド図と円グラフを綺麗に並べてね。私もいまだに「この会計事務所の資料のデザインは素晴らしい」なんていう顧客に会うことがあります。今後も彼らは同じようの手法で「倫理観」を売りつけるのでしょう。似たようなピラミッド図と円グラフを古びたパワーポイントに載せてね。彼らは業界の健全な発展を台無しにしているんです。

大企業が「プライバシーは大切な人権である」と明言することに価値がある

ーデザインにおける倫理観において、例外的にも上手くやっている企業もありますか?

トリスタン・ハリス(Tristan Harris, Center for Humane Technology 共同創設者)のように逆境に立ち向かっている人はたくさんいます。Appleは「プライバシーは人権である」とよく明言しています。国連も同様に「プライバシーは基本的人権の一部である」と言及しています。一部かどうかを議論すること自体おかしくて、自明なことです。Appleはこの情報を使ってもっとiPhoneを販売しているじゃないか、と反論する人もいるかもしれない。でも、Appleのような大企業のCEO自らが「プライバシーは大切な人権である」と明言することに価値があるのだと思います。裏の意図があろうとなかろうと、iPhoneの販促になろうとなかろうとね。すぐに思いつく事例はこれくらいかな。

ーより倫理観を持ってデザインしようという動きは、UIにも表れていますか?

Appleは「コンピュータは人類を助けるためのものである」という理念のもと創業されました。その逆ではないのです。ご存知の通り、彼らはテクノロジーによって起こりうる個人情報の漏洩やプライバシー侵害から人類を守ろうとしてきました。同時に、スマホを爆発的に普及させ、あらゆる物を彼らの製品に紐付けさせようとしたのも彼らです。

人は物事を対立項で捉えようとするのですが、白か黒かとそんな簡単に分かれるものでもありません。常にいろんな因子が共存しているのです。だから、私たちは「プライバシーは人権だ」と言及する企業を褒めないといけない。これは良い進展だと思いますよ。Appleのような大企業においては特に。

ービジネスの構造やUIを変えていくことが、特に重要になってくるということですね?

UIはユーザーと企業の間に立つものです。間に立つもの全てがUIです。あなたが何かをして、それに対してどう呼応するか、それこそがUIです。Appleの場合、ユーザーが自分の行動を閲覧できるUIをiOSの設定に用意しています。自分がどのくらいiPhoneを使っていたのか確認できます。とても良い機能ですよね。私の場合1日に4〜7時間くらいiPhoneを使っていて、無駄な時間を過ごしてしまったな、ということを気付かせてくれています。どんなアプリにも、もっと使わせようという仕組みが備わっていますよね。

書き手をスローダウンさせたい

ーデザイナーとして、スマホの過度な使用にはどのように対応していこうと考えていますか?

そうですね。書き手をスローダウンさせたいとは思っています。書くときに、関係のない機能を見せないようにしたいですね。集中できること、自分のことを表現できる状態にすることこそ、究極的には最善なことなんだ、と私たちは信じているんです。

自分が提供したものが必要以上に使用されてしまうかどうかを知ることができません。iAライターをデザインするとき、私が意識したことですけれども、書き手のスピードアップを求めるのではなくて、むしろスピードダウンさせよう、と。彼らにもっとゆとりのある時間を提供できれば、書く内容にも良い影響を与えることができるのではないか、と信じているんです。たいていの場合、他人に配慮のない、いい加減な人たちによって良くないことが起きてしまいます。彼らには締め切りがあるせいで、責任感や倫理観は遠くへ追いやられてしまう。自分が傷つけうる対象より、彼らの目の前の上司に目を向けてしまうんです。

私たちがデザインするときには、人々の感覚や考えを形にしているだけではないんです。人々がどう関わるかをデザインしているんです。それがデザインの核です。私たちは人々の行動を形作っているのです!だからこそ倫理観はデザインの重要な要素なのです。

哲学者とデザイナーは一緒に仕事をするだけでなく、お互いに学びあう必要がある

ーデザインと倫理観の関係は、デザイナーという役割にどのような影響を与えていますか?

デザインをするとき、究極的にはアクション(行動)を形作っていることになります。問題なのは、デザイナーは表現する能力があっても、哲学者のように考えるような時間も資源も持ち合わせていないことです。一方で、皮肉なことに、哲学者には他人に理解してもらうための表現手段を持ち合わせていません。哲学とデザインとを融合させることができれば、両者にとって有益なことでしょう。

デザインの置かれた状況は極端で、もう論理の域を超えているんです。タイポグラフィーに関するハイレベルな会話についてこられる人はほとんどいません。私が線の幅や太さ、スペースの大きさは、行の高さによって変える必要があるのだ、と説明しても、専門家でなければ形而上学のことように受け取るかもしれません。実際、ロジックでは説明しきれないのです。同時に、哲学を勉強していない人にとって、哲学者の独特の単語や表現方法は理解が容易ではありません。

哲学者とデザイナーは一緒に仕事をするだけでなく、お互いに学びあう必要があるのです。哲学者がデザインを学び、デザイナーが哲学を学べば、両者の分野に良いインパクトが生まれ、とても強力な結びつきになるはずです。

デザイナーはどうしたら哲学者のような考え方を持つことができるようになるでしょう?

(デザイナーである)自分たちを追い込むことにもなりますが、デザイナーも哲学を勉強することがまずは第一歩でしょう。ウィキペディアで始めてもいいですよ。興味深いものがあれば、深く調べていけば良いのです。哲学は自分のことに置き換えてみると理解ができます。情報を得るだけの作業ではないのです。ボルダリングにも似ています。ただゴールに到達すれば良いのではありません。ウィトゲンシュタイン、ヒューゲル、カントを読んでみると分かりますが、彼らのものの見方、感じ方、考え方を知り、自分の思考の一部とするのです。デザイナーが哲学的な倫理観を身につければ、自然とその思考がデザインに反映されることになります。

自分ばかりを追い込むのもなんなので、申し上げると、哲学者やデザイナーだけが世界を救えるわけではありません。ビジネスの管理職の方達にも哲学書を手にとっても欲しいと思っています。たいていの場合、デザイナーはスケジュールや予算管理、効果測定と格闘していているものなので。

デザインはあまり儲かる職種ではありません。ただ美しいものが好きでデザイナーになった人たちをたくさん知っています。そして「美しさ」の感覚は、悪に陥らないための大切な素養だと思っています。良いことと美しいことには相互関係があります。これは、プラトーの倫理観に通じていて「美しいもの、公平さ、良い行いは結びついているだけでなく、一つなんだ」と説いています。

デザイナーには美しさを見極める能力があり、美しさに善や公平さを見いだすことができる人たちだと思っています。私たちは聖人ではありません。でも自分の感覚にプライドを持てば、醜さを隔てることが、他の人より出来るようになるのかもしれません。


原文Oliver Reichenstein from iA, on the need for an ethical and philosophical approach in digital design

オリバーは Design Matters 19に登壇します。本記事のテーマ「倫理観とデザインとの関係」についてより深く分析しプレゼンしてくれる予定です。デンマークへ行き、Design Matters 19で話しが聞きたいとお考えの方には、下記のデザインツアーへのご参加をお勧めします!

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