カレーに関する著書は40冊以上。気になるカレーがあれば、調理法からスパイス、文化、歴史まで、あらゆることを徹底的に探求し尽くすカレー研究家・水野仁輔さん。
そんなカレーの達人・水野さんが「最近ハマっている」というのが、なんとカレー店でスパイス料理をつまみに、お酒をゆっくり楽しむこと。

カレー店を居酒屋のように使うなんて……と驚く人も多いかもしれないが、じつはスパイス料理とお酒は絶好の組み合わせで、お酒によく合うスパイス料理を提供するカレー店が東京に増えつつあるという。
そこで水野さんに、スパイス料理でお酒を楽しむ「スパイス呑み」の魅力とともに、それにうってつけのカレー店『ハバチャル』、『アンドビール』『猫六』『デイリースパイス&バル オフビート』を4つ教えてもらった。

    インタビュー・テキスト:田嶋章博

    POSTED on 2020.05.24

    UPDATED on 2020.05.27

    東京に「スパイス呑み」できるカレー店が増えている

    ―今日の取材は「お酒がおいしく呑めるカレー店」がテーマですが、カレー店でお酒を飲むなんて意外な感じもします。

    水野:たしかにカレーライスやナンをイメージすると、炭水化物でお腹がいっぱいになるので、お酒とはあまり結びつきません。

    でもインド料理には、カレーに限らずスパイスを使ったメニューがたくさんありますよね。こうした料理はほどよくスパイスで香りづけされていて、塩気が効いているものが多いので、お酒が進むんです。まさに「アテ」ですよね。

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    水野仁輔

    水野:またカレーは、いろんなスパイスを複雑に調合しますが、スパイス系の料理はシンプルにスパイスを使っているので、お酒とぶつかりあうことなく、よくマッチする。

    極端な例になりますが、塩コショウだけで味付けした焼き肉とお酒ってすごく合いますよね。あれと同じで、シンプルにスパイスが効いた料理って、お酒と絶妙に合うんです。

    それをふまえて最近は、お酒と合わせることを前提としたスパイス料理を出すカレー店が増えています。そういうお店は、「スパイスバル」とか「スパイスダイニング」といった肩書きが店名に付いていたりします。

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    千歳烏山にある『spice&diningハバチャル』

    ―そうしたお店で、水野さんはどんなふうに飲んでいるんですか?

    水野:いきなりカレーを頼むのではなく、基本的にスパイス料理をちびちびつまみながら、お酒を飲み続ける感じです。そうやって1~2時間飲んだ後、最後に締めのカレーを頼むこともありますが、たいていはお腹がいっぱいになっちゃって、カレーまでたどり着けずに帰ります(笑)。もはや「スパイス居酒屋」という感覚ですね。今日はそういうカレー屋さんを紹介させてもらいますね。

    クラフトビールとカレーの魅力的な関係。『アンドビール』(高円寺)

    水野:まず1軒目が、JR高円寺駅から6~7分歩いた『高円寺アパートメント』の1階にある『アンドビール』です。

    水野:名前のとおりクラフトビールが豊富に揃うお店で、「&ビール」の相方がカレーという意味。ご夫婦でされていて、妻の安藤祐理子さんがビールの醸造家、夫の安藤耕史さんがカレーシェフという、なんとも素敵なバランスです。

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    ―ビールとスパイス料理はどんな内容ですか?

    水野:クラフトビールは、近くにあるブルワリーでつくられている自家製が中心で、果物を使ったものから、アルコール度数の高いものまで、いろんな種類があります。お店の壁に6つのビールタップがあって、飲み比べなんかもできるんです。

    水野:料理はインド料理がベースとなっていて、たとえばスパイシーおでん、クミンベーコンポテサラ、アチャール(さまざまな食材をマスタードオイルやスパイスで和えた漬物)といったつまみ的なスパイス料理がいろいろあり、まさにスパイス居酒屋という感じです。

    水野:カレーは何種類かのスパイス料理と一緒に1皿に盛り付けられたものですが、あいがけや、ハーフサイズ、ハーフあいがけなんかもあります。

    水野:夫の耕史さんはインドをはじめ海外にちょくちょく行き、現地の味をインプットしているようです。それをベースとしつつも日本人的な感覚で料理されているので食べやすいし、お酒に合います。お店は団地をきれいにリノベーションした物件で、店の前に芝生の庭もあったりして、心地よい空間です。

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    アンドビール

    住所: 東京都杉並区高円寺北4-2-24 アールリエット高円寺A棟105

    電話番号: 080-5913-8241

    営業時間: 11:30〜14:00、17:00〜22:00 土曜11:30〜22:00 日曜11:30〜21:30

    定休日: 月曜、火曜(祝日の場合を除く)、月曜が祝日の場合翌水曜休。その他イベントに応じて不定休あり。

    最寄り駅: 高円寺駅

    Web: https://www.facebook.com/andbeerkoenji/


    アチャールだけで10数種類が揃う異色店『ハバチャル』(千歳烏山)

    水野:そして2軒目は、お酒を楽しめるカレー店のなかでも、かなりエポックメイキングな打ち出しをしている『ハバチャル』です。

    店名はものごとをつなぐという意味の「ハブ」と「アチャール」をくっつけた造語。ランチメニューはカレーがメインですが、夜のメニューではその名のとおりアチャールがとても充実しています。

    水野:アチャールは、カレーの添え物として出されるのが一般的ですが、このお店ではアチャールが単品で頼め、しかも常時10数種類が揃います。そんなお店、他にはまずありません。

    ―アチャールは、どんなお酒に合うんですか?

    水野:インドウイスキーのソーダ割りやスパイスカクテルが合いますね。アチャールは野菜や肉、魚介を、マスタードオイルや塩に漬けて、スパイスを加えた漬物で、インドピクルスとも呼ばれます。スパイスと油と塩気が効いていて、まあ酒が進むんです。

    2人で行ったら、2時間くらいの間にアチャールを8~10種類頼んでシェアし、それをちびちびつまみながらいい感じに酔っ払っています(笑)。

    アチャールは1品200〜300円台なので気軽に頼めるし、砂肝やカキ、とうもろこしをつかったアチャールなど、メニューも工夫されていて面白いです。

    ―アチャールをつまみにお酒を飲むのは、インドでも同じなんですか?

    水野:アチャールでお酒を飲むと話すと、インド人もびっくりしますね(笑)。向こうはもともとお酒を飲まない文化なので、日本人がつまみとして再発見したのかもしれません。

    でも、アチャールはこれから日本でくる(流行る)んじゃないかとも思っています。ぼくは時々フードトラックでカレーの販売をしているのですが、カレーに添えたレモンの皮やオレンジの皮のアチャールが大好評で、よく「これだけ瓶詰めで売ってください」と言われるんです。


    ハバチャル

    住所: 東京都世田谷区南烏山5-18-15 Anoath南烏山2F

    電話番号: 03-5315-9498

    営業時間: ランチ11:30〜14:30(LO) ディナー17:30〜22:30(LO)※アチャールの提供はディナーのみ

    定休日: 月曜 ※ランチのみ火曜、水曜休み

    最寄り駅: 千歳烏山駅

    Web: https://www.facebook.com/hubachar


    独創的なスパイス料理。絶品ポテトサラダに注目『Spice BAR 猫六』(曳舟)

    水野:曳舟にある『Spice BAR 猫六』も、クラフトビールとカクテル、そしてスパイス料理が充実していてスパイス呑みにぴったりです。店主さん自身がお酒好きで、それがにじみ出ています。

    水野:料理は「アチャール冷奴」から「オイルサーディン」「砂肝コンフィ」まで、スパイスを使ったオリジナルの一品料理といった趣で、今回紹介するお店のなかではインド色が一番薄いかもしれません。カレーも数種類揃っていて、ライスなしでも頼めます。

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    ―おすすめのメニューは何ですか?

    水野:『Spice BAR 猫六』らしい独創的なスパイスつまみが楽しめる前菜の盛り合わせと、看板メニューの「猫六のポテトサラダ」はぜひ食べてもらいたいです。

    「猫六のポテトサラダ」は、ターメリックやコリアンダーなどで彩られていて、見た目もきれい。それとベルギービールをはじめ各国のマニアックな地ビールが充実しています。

    ―どんな雰囲気のお店なのでしょう。

    水野:夜営業のみのお店で、まさにバルといった雰囲気なんですが、ゴテゴテし過ぎず適度にシックで、店主さんのセンスの良さを感じさせます。

    ご夫婦で切り盛りされているのですが、お二人ともよく喋る明るい方です。お酒やつまみをいろいろ教えてくださるので、カウンターで話をしながら、すすめられるままにつまんで飲んで、というのが楽しいんです。

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    Spice BAR 猫六

    住所: 東京都墨田区東向島2-14-2

    電話番号: 03-6657-2286

    営業時間: 火曜〜金曜18:00〜24:00(LO23:00) 土曜18:00〜23:00(LO22:00)

    定休日: 日曜、月曜

    最寄り駅: 曳舟駅

    Web: https://www.facebook.com/necoroku/


    カレーすらも「つまみ」にする『デイリースパイス&バル オフビート』(曙橋)

    水野:曙橋駅からすぐの『デイリースパイス&バル オフビート』も、ランチはカレーのみですが、夜はインドを中心としたアジアのスパイスつまみを楽しめるお店です。

    夜のカレーはミニサイズで、種類もいろいろあって、カレーすらつまみにするという感覚です。カウンターのみのお店で店主との距離が近いので、いろいろお話しながら飲めます。場所が奥まっていて隠れ家のような感じなので、たどり着くのが少し難しいですが(笑)、居心地のいい空間です。

    ―お料理はどんなところが魅力ですか?

    水野:たとえば青カビチーズとカツオの酒盗を組み合わせたり、キャロットラペにクミンを添えたり、インド人が思いつかないような自由で独特なアレンジ料理が特徴です。

    カシューナッツを自家製ガラムマサラで炒ったカジューマサラというおつまみもお酒によく合います。ちなみに、日によってはインドのスパイシーな炊き込みご飯「ビリヤニ」も提供しているようです。

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    ―お酒のラインナップにはどんな特徴があるのでしょう。

    水野:お酒はビールもカクテルもいろいろありますが、とくにシェリー酒のラインナップが充実しています。お酒のチョイス自体に店主さんの嗜好が見えてくる感じで面白いです。

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    デイリースパイスアンドバル オフビート

    住所: 東京都新宿区荒木町16-24 第二歯朶ビル1F

    電話番号: 050-1228-3543

    営業時間: 11:30~14:00、18:00~23:00(LO22:00)

    定休日: 日土曜、日曜、祝日、年末年始、その他不定休日あり

    最寄り駅: 曙橋駅

    Web: http://r.goope.jp/offbeat


    スパイスを使うと、カレー以外の料理も美味しくなる!

    ―なぜいま、お酒が進むスパイス料理を出す「スパイスバル」や「スパイスダイニング」が増えているのでしょう?

    水野:いままでは「スパイスを使った料理=カレー」という認識しか一般的にはありませんでした。

    でも、じつはスパイスを使うとカレー以外の料理もおいしくなって酒のつまみになるということに、食べるほうが気づきはじめてきた。だからつくる側もそういう提案が増えているのかなと。

    それによって、カレー屋さんの楽しみ方の幅が広がりつつあるのは面白いなと思います。スパイス料理とお酒を組み合わせながらゆっくり滞在する場所でもあるんだなという。

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    ―ある意味、新しい文化ができつつあると。

    水野:本当にそうですね。こういうお店は全国的に少しずつ増えていて、関西にもいろいろあると思いますが、現時点では東京が圧倒的に多いです。

    「スパイスバル」や「スパイスダイニング」であれば、カレーをお腹いっぱい食べて終わりではないので、カレー屋デートも十分可能ですよね。雰囲気的にも、今回挙げた4軒はどこもいい感じに洗練されていて、従来のカレー屋のイメージとはかなり違います。

    ―とはいえ、初心者としては「本当にカレー屋さんでゆったり飲んでも怒られない?」とも思ってしまいます。

    水野:少なくとも今回ご紹介したお店の店主さんたちは、むしろそういうお客さんを求めているはずです。こだわりのスパイス料理をつまみながら、ゆっくりお酒を飲んでいってくれたら嬉しいなと。

    ―そういうカレー店はどうすれば見分けられますか?

    水野:手っ取り早いのは、お酒のメニューを見てみることです。カレー屋さんなのに、やたらお酒のメニューに店主さんの個性やこだわりや熱を感じる。そんなお店では、カレーだけ食べるのとはまた違った楽しみがその先にあるはずです。


    水野仁輔

    株式会社エアスパイス代表取締役。1999年に「東京カリ~番長」を立ち上げ、これまでに1000回を超えるライブクッキングを実施。並行してカレーやスパイスをあらゆる角度から研究し続け、レシピ本の制作やメディアの取材も精力的にこなす。2016年に画期的なスパイス配達サービス「AIR SPICE」を立ち上げ、コンセプトから商品・レシピ開発までのすべてを手がける。カレーやスパイスに関する著書は40冊以上あり、関わった書籍は100冊を超える。




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