外出自粛などを強いられる状況のいま、アジア各都市の人々はどんな思いで、どんな暮らしをしているのだろうか。
アジア11都市に展開するHereNowでは、各都市のHereNowキュレーターやクリエイターにインタビュー取材を実施。それぞれの都市の人々のリアルな様子、悩みや希望を伺った。
ーいまのバンコクの状況について教えてください。
Tossaphol:タイでは、1月中旬から新型コロナウイルスの感染者が出始めたのですが、4月以降の新規感染者は全体的に減少傾向にあるようです(2020年4月17日現在)。
いま一番の心配事は仕事ですね。この1か月の間に失業者がどんどん増えていて、私も他人事ではなくなってきました。
私は「Matichon Online」という、タイの新聞社のウェブサイトでマーケティングディレクターとして働いていますが、いつ突然クビを宣告されるかわからない不安な日々を送っています。ちなみにリモートに切り替えている人は少数で、私も会社に通勤しています。
ーコロナ以前に比べて、コロナ以降、どのように意識が変化しましたか?
Tossaphol:私は自他ともに認めるワーカホリックで、年間360日くらい働くほど仕事が好きなのですが、いまはなぜか旅行に行きたい気持ちが強いんです。もともと旅行が好きなタイプではないんですけどね。
最近は、健康的な食生活を心がけて、簡単な運動も意識的に取り入れています。仕事に夢中すぎて、自分の健康にいままで目を向けてこなかったのだなと思い知らされました。
ー自分の国と他の国の対応を見て、どう思いましたか?
Tossaphol:どこの国の対応が良い悪いとは一概に言えないですね。他の国でも同じだと思いますが、バンコクでもマスクや消毒液が入手困難な状況が続いています。
当初タイ政府は、民間企業からマスクを買い取って販売する計画だったのですが、それがうまくいっていない状況です。いまでは自主的にマスクをつくる人も増えています。
そういえば、ニューヨーク在住のタイ人の友人が電車でマスクをしていたら、警察官から「ウイルスを持っているなら入院しろ」と注意されたそうです。マスクは自分を守るものなのに、国によっては「ウイルス持っています」のサインになるなんて驚きですよね。
ーコロナ以降、逆に良かったと思うことはありますか?
Tossaphol:家族と話す時間は増えたのは、良かったことのひとつだと思います。これまでは仕事が忙しすぎて、なかなか話す機会をつくれていなかったのですが、体調どう? 今日はなにをしたの? など些細な近況を報告し合うようになりました。
ー今後、あなたが住んでいる都市・国はどのように変わるべきだと思いますか?
Tossaphol:今回の一件を受けて、CO2の排出量削減など環境的には良い影響が出ていると思います。コロナの流行が収束しても環境に対してはこの状態が続けばいいなと思っています。
あとは、いま多くのサービスが驚くべきスピードでオンラインに切り替わっています。素晴らしいことではありますが、同時にオンラインサービスを盲目的に使う危険性もはらんでいると思うんです。
便利になるのはいいことですが、これはオンラインで代替可能、これはフィジカルじゃなきゃダメ、というオンラインとの上手な付き合い方を考えていきたいですね。
また、新型コロナのようなウイルスは今回が最後とは限らない。同じようなことが起きたときに備えて、国にも対策を考えてほしいと思っています。
ー自宅待機をするなかで、オススメの時間の楽しみ方は?
Tossaphol:村上春樹の大ファンで、いまは『ノルウェイの森』を読んでいます。また、彼の別の著書に、ランニング中に新しいイメージが湧くと書いてあったので、日々のルーティンにランニングを取り入れようと思っています。
じつは日本に旅行する計画をしていたのに、コロナウイルスの影響で行けなくなってしまいました。とても楽しみにしていたので、この状況が収まったら絶対に日本に行きたいです。日本食は本当に美味しいですからね
Tossaphol Leongsupporn(トサポン・ルンスポン)
タイのニュースサイト「Matichon Online」でマーケティングディレクターとして働くかたわら、編集者・ライターとしても活動している。
Instagram:https://www.instagram.com/tos_tp/
ーいまの台北の状況について教えてください。
林:台湾では、他の国のような外出自粛・ロックダウン(都市封鎖)の措置は行われていません。繁華街の人出は減っていますが、それ以外のエリアは普段とほとんど変わりません。
飲食店や商業施設も通常どおり営業していて、たとえば、ルーロー飯の名店『金峰魯肉飯』では席と席の間に透明アクリル板で仕切りがつくられていました。生活雑貨屋さんでは、買い物したらおまけに消毒用のアルコールをつけてくれました。
大規模なイベントは中止になっていますが、小規模なライブやDJイベントは開催されています。お客さんが入場する際に、健康状態を申告書に記入してもらうんです。
台湾の人々はSARSを経験しているので、コロナが流行しはじめたときも冷静に対処できていたと思います。政府だけでなく、一般市民も意識することが大切なのだと思います。
生活への影響を少し実感したのは、2月初旬のライブイベントのとき。お客さん同士が意識的に距離をとりながら音楽を聴いていました。共演した『落日飛車(サンセットローラーコスター)』のメンバーともその話をしたのを覚えています。
ーコロナ以前に比べて、コロナ以降、どのように意識が変化しましたか?
林:2019年から不定期で日本でライブを行っていて、2020年5月にはオーストラリアで新しいアルバムをレコーディングする予定でしたが、新型コロナ感染の影響ですべて中止になりました。
ただ、私はもともと家に引き籠るタイプなので、生活や意識は大きくは変わってないです。変化といえば、普段忙しい友人とも頻繁に連絡を取り合うようになって、距離が縮まったことでしょうか(笑)。
ー自分の国と他の国の対応を見て、どう思いましたか?
林:感染者数を見れば、各国の新型コロナウイルスへの対応、成果が一目瞭然です。台湾のように政府の対応スピードと柔軟性が高かった国とそうでない国で大きな差がでています。こういった非常事態のとき、先進国だから的確に対応できるわけではないことに気づきました。
また、台湾では国民健康保険制度が整備されているので、安価に治療を受けることができます。しかしアメリカや中国など、医療費の個人負担が大きい国では、お金に余裕がなくて病院に行きづらい人もいるようです。国民の命はなによりも大切。国民の健康を維持するために保険制度を見直すべきだと思います。
ーコロナ以降、逆に良かったと思うことはありますか?
林:難しいですね。強いていえば、台湾政府がコロナの封じ込めに成功して、多くの国から高い評価を受けたことは誇らしく思いました。
音楽業界でいえば、こんな状況でもアーティストたちが創作活動を止めていないのは嬉しいことです。普段の生活に戻ったときに、そのエネルギーがいい作品となって一気に広まるのが楽しみです。
ー今後、あなたが住んでいる都市・国はどのように変わるべきだと思いますか?
林:これも難しい質問ですね。ひとつあるとすれば、私たちのような台湾のインディーズミュージシャンはもっと自ら動くべきだということ。
台湾人全体から見れば、私たちのようなインディーズ業界の関係者はマイノリティーなので、政策の恩恵を受けることは少ないのですが、今回のコロナに関する補助金では、フリーランスの人も対象になったんです。
今後はこれに満足せず、たとえば日本のように、クリエイターたちが一致団結してクラウドファンディングで賛同者を募ったり、政府へ要望書を提出したりといった動きを見習っていけたらいいなと思います。
ー自宅待機をするなかで、オススメの時間の楽しみ方は?
林:飼っている犬と猫の世話をしたり、料理をしたり、本を読んだりすることが多いです。
特に料理にはこだわりがあって、事前に他の人のレシビを調べて、そこから自分なりの作り方を考えてメモしています。せっかくだから美味しいご飯を食べたくて、絶対に失敗したくないんです(笑)。
本は、大貫妙子の『私の暮らしかた』、岡田尊司の『回避性愛着障害〜絆が稀薄な人たち〜』、日本のテレビドラマ『深夜食堂』とグルメ雑誌『dancyu』がコラボした『真夜中のいけないレシピ』がおもしろいのでおすすめしたいです。
林以樂(リン・イーラー)
インディーポップバンド「雀斑」のフロントマン、「SKIP SKIP BEN BEN」としての活動でも知られる台北出身のシンガーソングライター。本人名義では初のシングル『L.O.T』やゲストボーカルにシャムキャッツ・菅原慎一を迎えたダンスチューン『VACATION』など話題作を次々とリリースしている。
Instagram:https://www.instagram.com/skipskipbenben/?hl=zh-tw
Twitter:https://twitter.com/skipskipbenben
ーいまの東京の状況について教えてください。
野村:仕事内容の性質にもよるかと思いますが、自宅作業に切り替えられる人はできる限りリモートワークをしている状況だと思います。一方で、もちろんどうしても出勤しないといけない人たちもいるというのが現状です。外出については、生活必需品の買い出しがてら、人のいない時間や場所を狙って散歩をしたり、日光浴をしたりしている人が多い印象です。
また映画館やライブハウスなどは、自粛要請が出ているのに補償がないことに苦しんでいて、支援のための署名運動やクラウドファンディングのプロジェクトがいくつも立ち上がっています。
安東:自宅周辺に限っていえば、生活動線のなかでは普通に人が動いている印象です。近所には、個人経営の飲食店が多く、ランチのテイクアウトをしているのですが、それを近所のお客さんが積極的に支えているなど、短期的な消費ベースではないローカルな経済圏がゆっくり機能しているのを感じます。
仕事はいまは完全にオンラインに切り替わっています。この春から大学で非常勤講師をするのですが、授業がすべてオンラインになったので、慌ててオンライン上のグループワークなどの準備をしている最中です。体験や学びをどこまでノンフィジカルで担保できるのか、きっと多くの方々が思案のしどころなのだろうなあと思っています。
ーコロナ以前に比べて、コロナ以降、どのように意識が変化しましたか?
野村:社会の仕組みをかたちづくる政治に対して、以前よりも声をあげるようになりました。個人の考えや行動がこれからの世界をつくっていくのだということが、より一層身に迫って感じるようになりました。
また、先ほども話にあがったクラウドファンディングへの参加のほかにも、各ショップが立ち上げたオンラインストアで買い物をするなど、この状況以前から自分が助けられていたものに対して、できるかぎりお金というかたちで気持ちを伝えていく行為が増えました。あくまでも「個人」が「個人」として尊重されながら生き続けるために、ときに手を取り合ったり、支え合ったりする必要があるという意識の輪郭がいよいよはっきりしてきたように思います。
安東:個人的にはあまり変わりませんが、全国のミニシアターを守るために設立された「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」に1億円以上の寄付が集まったように、「理由のあることにお金を使う」意識が多くの人に生まれる契機になればいいなと思っています。
また、配達員の方のようにこの状況下でも働いている方がいるわけなので、他者に負担をかけながら消費生活を送りがちな生活をあらためて、少しでも多くの人が心地良く暮らすにはどうすればいいかと考えたりもしています。
一方で、一日中ひたすらゲームをするなどの意味のない時間もあらためて最高だなと思います。大変なときこそこういう余剰の時間を持たないと、人は容易に息がつまってしまうと思うので。
ー自分の国と他の国の対応を見て、どう思いましたか?
野村:日本の政治は他の国と比べて「個人」の生活を守る意識が薄く、対応も遅く、政策のクオリティー自体も低いと感じています。自分の国の政治を動かしている人たちを信じられず、まるで「敵」のように感じてしまうことさえあるのは悲しいし、悔しいですね。
海外のいいところは学びつつ、日本もこんなふうにいいところがあるね、と自らの国を信じて、誇れるようになることを望みたいですし、そこに関わりたいのですが……。
安東:残念ですが、日本の対応はしょうもないと思います。明確なメッセージが伝わってこなければ、信頼しようもないですね。
ーコロナ以降、逆に良かったと思うことはありますか?
野村:制限があることによって、これまでなにが過剰だったのか、なにが必要で、この先も大事にするべきなのかが見えたこと。あと繰り返しになりますが、個人の行動が未来に影響することの切実さ、説得力が増したと思います。それによって積極的な社会参加が増えていけばいいなと思います。
安東:まだわれわれは真っ只中にいて、とても「以降」とはいえない状況なので軽はずみなことは言えませんが、われわれは経済構造のなかで一人きりでいるのではなく、あらゆる人間によって構成され、互いに関係している社会のなかに存在しているのだということを、もう一度みんなが考え直す契機になれば、不幸中の幸いなのではないかと思います。
ー今後、あなたが住んでいる都市・国はどのように変わるべきだと思いますか?
野村:各領域のプロフェッショナルがポストにつき、政治をしてほしいです。いまの日本の政治家は、ITにしても環境にしても、その道のプロではない人がポストについている状況で、それは平時のとき、有事のときにかかわらず、個人の生活の質に大きな影響を与えるなと感じています。市民としてそのための行動をしたいと思っています。
安東:市場原理に任せて格差を拡大し公共性を否定するネオリベラリズム的な考えがここ20年で日本でもすっかり幅を効かせるようになってきましたが、 今回、社会全体を襲った困難に誰もが直面したことによって、それが少しは揺り戻せるような雰囲気が醸成されるといいのではないかと思います。
ネオリベというのは人間の「本音」を過剰に駆動させる考えでもあると思いますが、その本音のままに他者を消費し攻撃し続けてきた時代が終わり、共生や社会正義といった「建前」、そしてそれによって信頼に足る公共が復権してくるといいですね。現在の政治のあり方を見ていると悲観的になってしまいますが。
ー自宅待機をするなかで、オススメの時間の楽しみ方は?
野村:いろいろなものを手づくりしています。困難な状況ではありますが、自宅にいる「時間」が増えたことで、時間がかかる手づくりに目が向くようになりました。ミシンで小物をつくったり、拾ったシーグラスでモビールをつくったり、パン的なものを焼いたりしていると、そのものの成り立ちがわかって、考えが整理される感じがします。あとは花を絶やさないようにしています。花が育っていく様子を観察するのは言葉のない日記のような感覚があるのと、その生命力に勇気づけられるためです。
安東:日頃から料理はしていますが、たこ焼き機など、一度も使ったことのない調理器具を導入して、これまでにつくったことのないものをつくるのは楽しいです。
あと、月並みですが読書もいいですね。外に出かけることもできず、「いま、ここ」という時空間に意識がフォーカスしてしまいがちな状況だからこそ、自分とは関わりのない、別の時代の見知らぬ誰かが一生をかけて空想したことを体験できる読書はおすすめです。
音楽や映画のような時間芸術ともまた少し違って、ものによっては必ずしも順番に読む必要がなかったりもするし、完全に自分のペースで緩急つけられるというのもいいですね。
安東嵩史(あんどうたかふみ)
大分県生まれ。 編集者。2005年以降、書籍や雑誌、展示などを多数制作。2017年、クリエイティブディレクションを中心とするTISSUE Inc. / 出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。また境界文化の研究をライフワークとし、トーチwebにて「国境線上の蟹」連載中。
WEB:https://tissuepapers.stores.jp/
Twitter:https://twitter.com/adtkfm
野村由芽(のむらゆめ)
1986年生まれ。編集者。カルチャーメディア「CINRA.NET」においてクリエイターやアーティストの取材・編集、アジアのバイリンガルシティガイド「HereNow」の東京キュレーターなどを務め、2017年に「自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ“She is”」を立ち上げ、編集長に就任。
Twitter:https://twitter.com/ymue