独立系シネマ『The Projector』の映画セレクター Gavinが語る、シンガポール映画の過去と現在

2014年に、廃墟となっていた映画館をリノベーションして生まれ変わった独立系シネマ『The Projector』。開業以来、アート系作品から娯楽大作まで新旧問わないエッジーなセレクションでシンガポールの映画鑑賞環境を一変させました。ライブ公演やオールナイトのクラブ・イベントを実施するなど、映画上映に限らずマルチなアート・スペースとしての映画館の可能性を日々拡張するシンガポールで今一番イケいるスポットである『The Projector』の映画セレクター・Gavinに、シンガポール映画の作品と共にシンガポール映画の歴史について伺いました。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

1.シンガポール映画の前夜「外国から見たシンガポールらしさ」

シンガポール国内でプロデュースから製作までを行う「シンガポール映画」の誕生は1930年代に遡ります。その後1970年代終わり頃までは継続的にシンガポール映画が製作されてきましたが、1980年代から1990年代中頃にかけて映画製作は下火になります。この時期に製作されたシンガポール映画はほとんど知られていません。

その後、1990年代中頃から若い世代を中心として映画製作のリバイバルが起こります。現在、シンガポールの映画製作は非常に活発ですが、そのルーツを辿ると1990年代中頃からのリバイバルに行き着くことになります。今回は1990年代中頃のシンガポール映画リバイバル以降の作品を紹介していきますが、その前史として、海外から見たシンガポール像を抑えておくと1990年代中頃以降の流れがよく理解出来るでしょう。

次に紹介する2作品は、いずれも外国人監督がハリウッド向けにシンガポールで撮影した映画です。現在では見ることの出来ないシンガポールの旧い町並みが記録されていると同時に、エキゾチックな南国情緒が強調される作品です。

Saint Jack (1979)
(あらすじ)アメリカ人監督Peter Bogdanovichが全編シンガポール・ロケで撮り下ろした作品。シンガポールで売春宿のポン引きとして暮らすアメリカ人のジャック・フラワーは独立して自身の売春宿を立ち上ために画策するが地元のチンピラといざこざになる。そこにCIAの思惑も重なり事態は思わぬ方向へ……

They Call Her Cleopatra Wong (1978)

(あらすじ)フィピンとシンガポールの共同製作による作品。インターポールで唯一のシンガポール人女性エージェントであるクレオパトラ・ウォンが国際的な犯罪組織を相手に大活躍する。当時の香港アクション映画の人気に便乗した内容だが、アクション映画好きの間では現在もカルト的な人気を誇っているB級映画。

2.シンガポール映画のリバイバル「シンガポールの固有の物語」

1970年代後半に上記2作品のように外国から見たシンガポールの物語が記録された一方で、シンガポール人によるシンガポール映画は1980年代以降ほとんど製作されてきませんでした。しかし、1990年代に入ると、デジタルカメラの登場に代表されるテクノロジーの進化よって映画製作が従来よりも手軽に行えるようになります。また、シンガポールの映画コミュニティ内でも、自分達の手でシンガポールの物語を伝えたいという機運が高まります。

Mee Pok Man (1995)

(あらすじ)スラム街の屋台で働くシャイな青年ジョニーは常連客である娼婦のバニーに淡い想いを抱くようになるが、バニーは外国人フォトグラファーのジョナサンと恋仲になる。ジョナサンはバニーを自らの祖国であるイギリスに連れて帰ると口約束するが、なかなか果たそうとしない。そんなある日バニーが交通事故に合う。現場に居合わせたジョニーは瀕死のバニーを自らのアパートメントに連れて帰り必死に看病を続けるが……

この「Mee Pok Man」は、世界各地の映画祭で上映され国際映画批評家連盟賞を獲得し、世界にシンガポール映画の復興機運を知らしめる象徴的な作品となりました。Eric Khoo監督は現在でも精力的に映画製作を継続しており、過去作品も度々回顧上映が行われています。

そして、シンガポール映画が数多く製作されるようになると、そこから多くのシンガポール人が共有・共感する普遍的なテーマとでも言うべきものが浮かび上がってきます。それは、シンガポールからの脱出志向です。例えば、Djinn監督による「Perth」は、息苦しいシンガポールから脱出して憧れの楽園パース(オーストラリア)に移住したいと願う中年男性の物語。実際に当時たくさんのシンガポール人がパースへと移住しており、現在でも世界有数規模のシンガポール人コミュニティがパースには存在しています。競争の激しい小国シンガポールを脱出してのんびりと海外で暮らしたいという志向は、現在も多くのシンガポール人が心の片隅に抱いているのではないかと思います。

Perth (2004)

(あらすじ)警備員とタクシードライバーを掛け持ちして暮らす中年男性ハリー。シンガポールの経済発展とは無縁の世界でしがない毎日を送るハリーの心の支えは憧れの楽園パース(オーストラリア)への移住を夢想すること。そんなどこにでもあるシンプルな人生のはずだった。が、エスコート・サービスの運転手を始めたことがきっかけでハリーが隠してきた暗い過去が明らかになり……。

そしてもう1つ挙がってきたテーマは、シンガポールにおける社会的・経済的な上昇志向です。例えばColin Goh & Woo Yen Yen監督による「Singapore Dreaming」は典型的な労働者階級の家族を主題にしてシンガポールにおける上昇志向と、それに伴うプレッシャーを描いています。映画内で描かれているように息子や娘を海外の大学に送り出して学歴に箔をつけるというのはシンガポールにおける上昇志向を体現する典型的な行動様式ですし、現在でも一般的です。

Singapore Dreaming (2006)

(あらすじ)シンガポールの典型的な労働者階級の家庭を描くホームドラマ。より良い暮らしを夢見て奮闘する家族のメンバーだが厳しい現実に打ちのめされる毎日。そんな中、家族の期待を一身に背負ってアメリカに留学していた長男が、大学を卒業してシンガポールに戻ってきた。さらに父親が宝くじで大金を手にする。憧れの中産階級・上流階級への浮上はすぐ手の届く先だが……

3.シンガポール映画の多様化「新たに加わる2つのテーマ」

このようなシンガポール映画のリバイバルの流れは現在も継続しており、新しい才能が次々と登場し、国際的な映画祭のヘッドラインを飾るような作品も登場してきました。Boo Junfeng 監督の「Sandcastle」 は、カンヌ映画祭の国際批評家週間で上映された初めてのシンガポール映画として話題になりました。また、Anthony Chen監督の長編初作品「ILO ILO」 はカンヌ映画祭でカメラ・ドールを獲得。二人ともまだ若い監督でシンガポール映画の勢いを象徴する存在です。

Sandcastle (2010)

(あらすじ)兵役義務を目前に控える18歳のエンの身に降りかかる様々な出来事。初恋、祖父の死、悪化する祖母のアルツハイマー病、教師である母の恋愛スキャンダル。そんなある日、エンは死に別れた父がかつて学生運動家であったことを知る。エンは父の記憶を辿る旅に出ることを決意する。全てが時の彼方に消え去ってしまう前に。

ILO ILO (2013)

(あらすじ)1997年のシンガポール。共働きで多忙な両親をもつ一人っ子のジャールーは、わがままな振る舞いが多く、小学校でも問題ばかり起こして周囲の人々を困らせていた。手を焼いた母親の決断で、フィリピン人メイドのテレサが住み込みで家にやって来る。突然の部外者に、なかなか心を開かないジャールーだったが、仕送り先にいる息子への想いを抑えつつ必死で働くテレサに、いつしか自分の抱える孤独と同じものを感じて心を開いていく。だが、そんな折、父親がアジア通貨危機による不況で会社をリストラされてしまう。また、メイドに打ち解けた息子に安心していたはずの母親の心にも、嫉妬にも似た感情が芽生えはじめる…

先ほどシンガポール映画のリバイバルにおけるテーマとして、シンガポールからの離脱と上昇志向という2つを挙げましたが、近年のシンガポール映画においては、「ノスタルジア」と「外国人労働者」というテーマが新たに浮上しています。

「ノスタルジア」は、急速な経済発展や土地開発の代償として失われた記憶や風景やコミュニティに対するノスタルジアで、兵役義務を目前に控えて人生に疑問を感じる18歳の青年が学生運動家だった亡き父のルーツを探る旅に出る「Sandcastle」でも象徴的に取り扱われているテーマです。

「外国人労働者」は、シンガポールの経済発展に不可欠な存在でありながら、これまであまり描かれてこなかった外国人労働者に対する注目を指しています。職種に限らず広く外国人労働者という存在がシンガポールの一般の人々の日常にどのような影響を与えているのか、といった視点に取り組む作品が増えているようにも思われ、シンガポール人家族とフィリピン人メイドとの交流を描く「ILO ILO」もその一例ともいえます。

4.シンガポール映画シーンの今を発信する『The Projector』

最後に、まだあまり大きな話題にはなっていませんが、近年のシンガポール映画シーンで注目すべき動きを紹介したいと思います。シンガポールに対する批評的な視点を備えた良質なドキュメンタリー作品群の登場です。2016年に『The Projector』でも上映したJason Soo監督の「1987: UNTRACING THE CONSPIRACY」や、Eva Tang監督による「The Songs We Sang」です。

1987: UNTRACING THE CONSPIRACY (2015)

(あらすじ)1987年、22名のシンガポール人がマルクス主義的陰謀論への関与疑惑で国家治安局(Singapore’s Internal Security Department)に逮捕された。当時拘束された人々へのインタビューを通じて逮捕からの30日間を検証するドキュメンタリー。精神的肉体的な拷問の詳細を含む当時の証言から治安維持法の危険性について警鐘を鳴らす。

1987年、22名のシンガポール人がマルクス主義的陰謀論への関与疑惑で国家治安局(Singapore’s Internal Security Department)に逮捕される事件がありました。当時拘束された人々へのインタビューを通じて事件及び治安維持法を批判的に検証するこの作品は、シンガポールの近年の歴史に対して批評的な眼差しを向ける優れたドキュメンタリー作品。

もともと政治的な作品は興業受けしにくいシンガポールでは、映画祭で1回限りの上映というケースが多かったのですが、『The Projector』という独立系の映画館が登場したことによって多くの人々にこうした作品を鑑賞してもらう事が出来るようになり、それが新たな反響を呼ぶという良いサイクルが生まれています。今、製作者、映画館、観客が一体となって、シンガポール映画の多様性を支える存在なのが『The Projector』なのです。

シンガポール旅行のときには、この記事で紹介した映画作品を事前に鑑賞すれば、豪華絢爛な側面だけでなく、多様なシンガポールを知れて、より深く楽しい旅になるのではと思います。

The Projector
住所 : 6001 Beach Rd, #05-00, Golden Mile Tower, Singapore 199589
最寄り駅 : Nicoll Highway駅
Webサイト : http://theprojector.sg


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