嘉義(カギ)に降り立っても、この街の本当の素顔はすぐには見えてこない。角を曲がり、市場に迷い込み、古い路地を通り抜ける。歩みを進めるごとに視線が移り変わり、そこに息づく「暮らしのグラデーション」が少しずつ姿を現す。これこそが、イラストレーター・湯士賢が嘉義という街と対話するスタイルだ。
今回、「320+1 嘉義市シティエキスポ」のシティマップを手がけるにあたり、彼はここ数年深い縁で結ばれているこの街へと再び戻ってきた。2023年の絵本『繞著噴水圓環走啊走(噴水ロータリーをぐるぐる回ろう)』に始まり、東市場でのフィールドワーク、そして今回の中央噴水ロータリーを軸に広がる街の風景にいたるまで、彼の観察眼は回を重ねるごとに深みを増している。今回はHereNowが湯士賢の歩みに同行、路地裏を歩いて街の呼吸を測り、イラストで日常を切り取り、ローカルなディテールをコラージュするように、嘉義の瑞々しい魅力を紐解いていく。
採訪 · 撰文-施于婷 企劃編輯-張容甄 攝影-Yushan Lin
歩いて街の呼吸を測る:ストリート、市場、そしていつもの風景
嘉義駅を出発し、湯士賢がまず向かったのは「嘉義の台所」と呼ばれる東市場。一歩足を踏み入れると、日常の密度が一気に跳ね上がる。八百屋や肉屋の新鮮な食材、惣菜屋に並ぶ「涼菜(台湾風温野菜)」や「魯熟肉(台湾風ホルモン・練り物料理)」、さらには祭祀用の供物や道具までが同じ空間にひしめき合い、食文化と信仰が心地よく同居している。そこから西市場の界隈へと足を延ばせば、今も営みを続ける柑仔店(駄菓子屋のようなお店)や、古い街区にひっそりと残る廃映画館「國寶大戲院」など、かつての生活のスケール感がそのまま息づいている。旅の締めくくりは、古い民家をリノベーションした洗練されたカフェ「coffee pantry」。古い暮らしの足跡から新しい時代の息吹まで、それらすべてが今の「嘉義」として美しく共存している。

「歩くことこそが、その街をいちばん早く知る方法です」と、湯士賢は自身のクリエイティブ・アプローチを語る。軒先に掲げられた街区の巨大な「白花油(万能アロマオイル)」の看板や、配電箱に施された愛らしいスプレーアート、それらはこの街の気さくな優しさであり、ユーモアの表現でもある。2018年から、彼は「スタンプ・プロジェクト」として台南、宜蘭、台中など台湾各地の街を巡り、それぞれの土地の個性を嗅ぎ分ける感性を磨いてきた。食文化や宗教信仰、あるいは気候さえも、街に独自の爪痕を残す。宜蘭や基隆のバイクにつけられた防風シールド、雨の少ない台南ならではのライフスタイル、それらは彼がフィールドワークの中で一つひとつ蒐集してきた、「街の証拠」なのだ。

噴水ロータリーから広がる世界:暮らしをシティマップに描き出す

近年、湯士賢と嘉義の縁はどこまでも深い。2023年には中央噴水ロータリーを中核に据えた絵本『繞著噴水圓環走啊走(噴水ロータリーをぐるぐる回ろう)』を制作し、これまであまり語られてきまかった歴史の断片に光を当てた。当時の作品では、「円」というモチーフを用いて噴水池が内包する複雑な記憶を暗示したが、今回のシティエキスポのマップ制作では、同じ噴水池を起点としながらも、まったく異なる視座から街を俯瞰している。
今回の展示エリアのプランニングに合わせ、彼はマップ上の嘉義を「モダン・シティ」「シェアリング・シティ」「リバブル・シティ」という3つのブロックに再構築した。噴水ロータリーを起点に商業エリアとランドマークを繋ぎ、「二通(旧街路)」や嘉義公園、射日塔で自然と憩いのひとときを描き出す。さらに嘉義駅、嘉義市立美術館、そして線路のルートを配置することで、街の文化と交通のレイヤーを可視化した。アイソメトリック視点と徹底した現地調査に基づき、彼は建築、看板、そして交差点のテクスチャーにいたるまで、一筆一筆丁寧に街のアウトラインを紡ぎ出していった。
それだけではない。彼は持ち前のユーモアのある筆致で、街の中のオブジェクトを大胆にスケールアップさせ、日常の「おいしい記憶」と都市の景観を並列させている。火鶏肉飯(ホアジーローハン、七面鳥を茹でたものをご飯にのっけてたれをかけた料理)、涼菜、白醋(嘉義特有のマヨネーズ)、木製の椅子といったエレメントは、彼が捉えた嘉義の最も鮮烈なアイコンだ。「食は、その街の記憶にアクセスする最も魅力的な入り口です。もしそれらを一つの建築物として想像してみたら、都市の文化と自然に織り合わされていくはず」と彼は言う。画面の中には、なんとホースを持って白醋を絞り出す人物まで描かれており、嘉義を象徴する調味料へのオマージュが、どこかファンタジーでシュールな遊び心を添えている。
マップのいたるところには、宝探しのような「イースターエッグ」が散りばめられている。例えば、絵本『繞著噴水圓環走啊走(噴水ロータリーをぐるぐる回ろう)』の主人公を画面に忍び込ませることで、読者に街の隠れた文脈を読み解く楽しさを提供したり、シティエキスポのテーマソングのMVに登場するキャラクターを登場させたり。さらには、異なる時代の看板の跡を再現することで、読者に歴史を辿るルートを残している。「もしこれをきっかけに、誰かが自発的に嘉義のストーリーを調べてくれたら、それはこの上なく素敵な繋がりになりますね」

嘉義のテンポと風景:ここに留まる理由
長年のフィールドワークを経て、嘉義は湯士賢の創作マップの中で、ますます重要な位置を占めるようになってきた。嘉義の暮らしのテンポは、どこか「10年前の台南」を思い出させると彼は言う。ゆったりとした時間の流れ、往時の情熱を今に伝える建築、そして素朴でありながら見飽きることのないストリートの佇まい。「ここは歩いていて本当に心地がいいし、人々も温かい。知れば知るほど、この街への好奇心が湧いてくるんです」と語る彼は、いつかここへ移住することさえ視野に入れているという。

嘉義の街を歩くとき、彼は今でも手書きの看板に心を奪われ、また日々の食文化から、嘉義の人々が持つ暮らしへの密かな誇りを感じ取っている。「食を通じて彼らの日常に寄り添うことは、その街を最もストレートに、そしてリアルに理解する方法です」。創作を通じて、彼はこれらの風景をイラストとしてストックし、変わりゆく「今の嘉義」の記録をアップデートし続けている。何度もフィールドワークを重ねることで、嘉義にしかない記憶の角度を切り取り、より多くの人々へこの街の愛おしい魅力を再発見させてくれるのだ。
湯士賢 Cecil Tang
台南生まれ、台南育ちのイラストレーター。故郷の風土から深いインスピレーションを受けながら活動を続ける。崑山科技大学視覚伝達設計系を卒業。グラフィックデザインを専門としながらも、現在はイラストレーションに多くの情熱を注ぐ。2016年に初のビジュアルブック『台南生活自由式』を出版し、街の風景、古い看板、屋台カー、そして庶民の日常といった「レトロで愛おしい風景」をテーマに据えた創作スタイルを確立。2023年には『繞著噴水圓環走啊走』を出版、2025年には嘉義文学館「文学東市場」のメインビジュアルを手がける。スタンプやビジュアルによる翻訳手法を通じ、イラストを用いた新たなインタラクションの可能性を模索しながら、作品を通じて台湾の魅力を発信し続けている。
Instagram:https://www.instagram.com/ceciltang/









